マッチングアプリを使ったことがある人なら、一度はこんな経験に心当たりがあるのではないでしょうか。
「メッセージのやり取りが何の関係にも発展しない」「2回目のデートに繋がらない」「いきなり音信不通になって自然消滅」。
あるいは、アプリのアルゴリズム自体が酷いと感じるなど、多くの不満が繰り返し噴出します。
これらの不満は、マッチングアプリという特殊な環境が生み出す、心理的な罠と深く関わっています。
1. 無限の選択肢がもたらす「選択のパラドックス」
心理学や行動経済学で指摘される「選択のパラドックス」という現象があります。
これは、選択肢が多すぎると、かえって満足度が低下し、決定を下すことが困難になるというものです。
マッチングアプリでは、スワイプするだけで次から次へと異性が現れます。まるでカタログショッピングのように、「もっと良い人がいるかもしれない」という期待感が常に付きまといます。
この「より良い選択肢への期待(FOMO:Fear of Missing Out)」は、他にもっと良い相手や機会があるのではという不安から、目の前の相手に対するコミットメント(関係の深化や決断)を妨げます。
少しでも気になる点があれば、「次へ行こう」と安易に関係を断ち切ってしまいます。
執拗なまでに完璧を求めるあまり、取っ替え引っ替え次から次に、相手を変える人もいます。
ある人は「男はバスのようなものです。なぜなら数分おきに次の男がやってくるから。」と語っています。
無限に供給されるように見える選択肢は、一人ひとりの相手と真剣に向き合う動機を削いでしまうのです。
2. 画面越しの関係性が生む「非人間化」と「ゴースティング」
アプリ上での出会いは、基本的にテキストコミュニケーションから始まります。
相手の表情や声のトーン、細かな仕草といった非言語的な情報が欠落しているため、相手を「生身の人間」として捉えにくくなる傾向があります。
プロフィール写真や短い自己紹介文だけで相手を判断し、理想化したり、逆に些細な欠点から過度に幻滅したりすることも少なくありません。
このような「非人間化(Dehumanization)」の感覚は、相手を大切に扱おうという気持ちを薄れさせます。
まるでオンラインショッピングの商品を選ぶかのように、気に入らなければ簡単に「カートから削除」してしまう。
これが、突然連絡を絶つ「ゴースティング(Ghosting)」が横行する一因と考えられます。
相手への共感性が低下し、関係を切ることへの心理的ハードルが下がってしまうのです。
チャットでのやり取りも、相手が誰であっても同じような定型文の交換になりがちで、個々の人間との繋がりというよりは、代替可能な「取引」のように感じられてしまいます。
3. アルゴリズムと自己認識のズレ「認知の歪み」
アプリのアルゴリズムは、利用履歴やプロフィール情報に基づいて相手を推薦しますが、その基準は明確ではありません。
私たちは無意識のうちに「認知バイアス」と呼ばれる思考の偏りを持っています。
例えば、自分の望む情報ばかりを集めてしまう「確証バイアス」や、最初の印象に引きずられてしまう「ハロー効果」などです。
アプリを使っていると、「なぜこんな人が推薦されるのだろう?」「自分の魅力が正しく評価されていないのでは?」といった「誤った思い込み」や「不可解な結果」に直面することがあります。
これは、アルゴリズムの限界と「自身の認知の歪み」が複合的に作用した結果です。
自分の理想と現実のギャップ、そしてアプリが提示する相手とのミスマッチにフラストレーションを感じてしまうのです。
「答えの出ない問い」との向き合い方
上記のように、マッチングアプリの利用体験は、現代的なテクノロジーと人間の普遍的な心理が複雑に絡み合った結果、多くのパラドックスを内包しています。
「無限の選択肢があるはずなのに、なぜ満たされないのか?」「効率的に出会えるはずなのに、なぜ関係が長続きしないのか?」。
まるで「答えの出ない問い」に取り憑かれてしまったかのように感じることがあります。
大切なのは、これらの現象がなぜ起こるのかを理解し、アプリとの付き合い方を見直すことです。
選択肢の多さに惑わされず、一人ひとりの相手と丁寧に向き合うこと。
画面越しの相手も感情を持った人間であることを忘れず、誠実なコミュニケーションを心がけること。
そして、アルゴリズムや他人の評価に一喜一憂せず、自分自身の価値観を大切にすること。
マッチングアプリは便利なツールですが、良いものとは言えません。
特性と心理的な影響を理解した上で、より健全で、自分らしい関係性を築いていく人生を送ることが重要なのです。