多くの人は、早期退職後の資金作りや退職資金の積立など、達成したい長期的な財務目標を持っています。
これを達成するには日々の誘惑、例えば高いレストランでの食事や新しいガジェットの購入、気晴らしの旅行などを我慢する必要があります。
残念ながら、脳は短期的な報酬を優先しがちで、即時的な満足が得られない長期目標を達成するためには自制心が必要です。
では、どのような心理的な財務管理の戦略が有効なのでしょうか?
心理的に効果のある12の財務管理戦略
新たな研究で、ダビデンコ氏らの研究グループ(2021年)は論文や研究から財務管理の戦略に関するメタ分析を行い、15の論文を調べ、その中に含まれる29の研究を分析しました。
研究には合計12,316人の参加者がいて、お金の使い方をコントロールする12の異なる方法から効果的な財務戦略を特定しています。
分析で特定された効果的な12の財務管理戦略は次のとおりです。
- 退職貯蓄計画の立案
- 買い物リストでの計画的購入
- 目標達成の理由を考える
- 現金での支払い
- 週ごとの貯蓄を記録する
- 早期引き出しができない貯蓄口座を使う
- 買い物の予算を立てる
- 購入後の後悔を予測する
- 具体的な貯蓄目標の設定
- 現金を紙幣で保有
- 高額紙幣で現金を保有する
- お金を手に取りにくくする
これらすべての研究は、財務管理戦略が研究対象ボランティアの支出抑制や貯蓄増加に大きく役立っています。
つまり、心理的な財務管理戦略は一般的に上手く機能するのです。
12の財務戦略は、心理学的な原理を活用して、個人の財務行動を改善し、貯蓄や支出の管理をサポートする方法です。
各戦略がどのように心理的な効果を発揮するのかを解説します。
1. 退職貯蓄計画の立案
これは「将来自己連続性(future self-continuity)」の概念を活用しています。
人は将来の自分を過大評価する傾向にあるため、将来の自分を現在の連続と捉え、より具体的にイメージすることで、長期的な利益を優先する意識が高まり、現在の誘惑に対抗しやすくなります。
2. 買い物リストでの計画的購入
買い物リストは「事前コミットメント(precommitment)」の効果を発揮し、事前に決めたもの以外の購入を防ぎます。
実店舗での買い物でも、店内での意思決定の負担を減らし、環境に影響されての衝動買いを抑えます。
3. 目標達成の理由を考える
目標を追求する理由を考えることは「内発的動機付け(intrinsic motivation)」を高め、意志力を強化します。
これにより、途中で挫折しそうな時でも、目標達成に向けた行動を維持しやすくなります。
4. 現金での支払い
この戦略は、支払いの際の行動に焦点を当てています。
現金で支払うと「支払いの痛み(pain of paying)」を感じやすくなります。
カード払いは抽象的で、支出の感覚が鈍りやすいですが、現金は物理的な減少を感じるため、無駄遣いを抑制できます。
日々の支払い行動における意識的な変化を狙い、購入時の「痛み」を強調することで、無駄遣いを抑制する戦略です。
5. 週ごとの貯蓄を記録する
これは「自己監視(self-monitoring)」の原理を用いています。
定期的に貯蓄の進捗を確認することで、行動の変化を自覚しやすくなり、積極的な貯蓄行動を強化します。
6. 早期引き出しができない貯蓄口座を使う
この戦略は、衝動的な出費を抑え、貯蓄を維持するための「コミットメントデバイス(commitment devices)」として機能します。
人は通常、短期的な利益を過大評価し、長期的な利益を軽視する「ハイパーボリック・ディスカウンティング(hyperbolic discounting)」と呼ばれる傾向を持っています。
引き出しが制限された貯蓄口座を使うことで、簡単にお金を手にできない状況を作り出し、この心理的傾向に対抗します。
その結果、長期的な財務目標を達成しやすくなり、資産形成をサポートすることができます。
7. 買い物の予算を立てる
予算を設定することで、消費行動を制御する「自己調整(self-regulation)」を強化します。
事前に限度を決めることで、支出の限度が明確になり、感情に基づく無計画な買い物を防ぎます。
これにより、消費行動がより論理的になり、浪費を抑えることができます。
また、予算を守ることで自己効力感(self-efficacy)が高まり、財務目標の達成に対する自信が強化されます。
8. 購入後の後悔を予測する
「プロスペクト理論(prospect theory)」の通り、人は損失を回避しようとする心理的傾向を持っています。
購入前に将来の後悔を想像することで、衝動的な購買行動を抑え、冷静な判断を下すことができます。
こうした「反実仮想(counterfactual thinking)」は、ポジティブな結果だけでなくネガティブな結果も考慮させるため、不要な買い物をする前に一旦立ち止まり、消費行動を見直すきっかけになります。
9. 具体的な貯蓄目標の設定
目標設定は「目標設定理論(goal-setting theory)」の「SMARTの法則」を活用し、目標を具体的かつ測定可能に設定することで、達成感を得やすくなります。
具体的な目標は、自分の行動を目標に向かわせるための指針となり、進捗を測定しやすくし、貯蓄行動がより持続可能なものになります。
さらに、目標を達成するたびにポジティブなフィードバックが得られ、次の目標達成に向けたモチベーションも向上します。
10. 現金を紙幣で保有
普段の資金の保有方法に焦点を当てており、普段から現金を手元に持っておくことで、支出時に心理的負担が増します。
現金を持っていることで、自分の資産状況を視覚的に把握できます。これにより、支出を考える際に「これだけ減る」という実感が得られ、無駄遣いを防ぎやすくなります。
日常的な資産管理の方法に注目し、現金を保有することで支出に対する慎重さを持たせる戦略です。
11. 高額紙幣で現金を保有する
「額面効果(denomination effect)」により、大きな紙幣を崩すことに対して心理的な抵抗を感じるため、無駄な支出を抑えやすくなります。
大きな額面の紙幣は、心理的に価値が高いと感じやすく、支出を躊躇させる効果があります。
この「決断の摩擦(decision friction)」が衝動的な消費を抑制し、計画的な支出を促します。
結果として、資産がより長期的に維持されやすくなります。
12. お金を手に取りにくくする
お金へのアクセスを難しくすることで、「摩擦コスト(friction costs)」を意図的に増やし、衝動的な支出を防ぎます。
例えば、アクセスが制限される口座に預けることで、引き出しに伴う心理的負担が増し、衝動的な引き出しや無駄遣いを防ぎます。
このような制約は、心理学的な原理を利用して計画的な財務管理を支援し、長期的な資産形成をサポートします。
まとめ
「12の財務管理戦略」は、心理学的な理論に基づき、個人の財務行動に影響を与えることを目指した方法です。
これらの戦略の多くは、行動経済学や意思決定の心理学から派生しており、自己制御や誘惑回避を促すことで、個人が日々の誘惑に打ち勝ち、長期的な財務目標を達成するための有効な手段となります。
財務管理戦略は効果的ですが、具体的な方法よりも継続的な実行が重要です。